2008.11.26

成長

試練の入園試験を乗り越え、今日は幼稚園最初の体験入園日。妻は足を骨折につき松葉杖歩行、娘は37.3度の発熱というコンディションであったが、予定通りに家族三人で幼稚園に到着した。

全部で一時間のプログラム、そして最初は園庭での自由遊び。多くの子供、親、先生にまざって、我が子はわりと固まっていた。外遊びがそんなに得意(好き?)ではないので、これは想定の範囲内。

その後、総勢60人あまりの子供を三クラスに分けて、室内へ移動し、約20人での擬似クラスを実施。月並みだが、わが子は親にとっていつまでも甘えん坊の赤ん坊である。しかしちゃんと我が子は成長していた。公園など子供が遊んでいる場に行っても、親からあまり離れず、あれしたらこれしたらと言ってあげる場面もこれまでは多かった。が、今日は親の膝を離れ、先生の言うことをちゃんと聞いてちゃんと行動しているではないか。「おかたづけー」と言われれば、ちゃんと箱の中に持っていくし、「椅子に座って」と言われればちゃんと椅子を探して座る。極めつけは、「出席をとりまーす、○○あやかちゃーん」と呼ばれてちゃんと手を挙げていたこと(声は聞こえなかったけど、全然OK)。さようならの挨拶もちゃんと先生や周りに合わせて言っていた。

僕らは、それを教室の後ろでただ見守っていた。ぜんぜん、声をかけたり教えてあげる必要がなかった。僕らが想像するよりも、彼女は成長している。そしてこれから先もちゃんと成長できる子だと感じた。そして妻は少しさみしそうだった。

今日は妻の骨折がなかったら、たぶん妻一人で参加しただろう。だが、一緒に行って、一緒に見れてよかった。

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2008.11.16

キドキド、ラゾーナ。

遅めの起床、遅めのランチ。そして午後、電車で川崎まで娘と遊びに行く。妻は足骨折中につき留守番。

川崎に何しに来たかというと、キドキドで遊ぶため。キドキドというのは有料の室内遊技場。清潔だし、安全に体が動かせる。以前、一度だけ遊んだことがある。

まず、「あれやってみよー」と何も知らないアヤをトランポリン風の遊具に連れ込む。とりあえず最初のノリはよかったが、5秒で「こわいー」となってしまって脱落。それで少々ご機嫌ななめになってしまい、ママゴトセットやら電車のおもちゃやらを若干不機嫌に遊ぶ。すぐそばにいないと不安になるらしく、遊具の対面に行くこともできず、したがって写真もなし。写真といえば、でかいカメラを持ち込んでいる父親を見かけた。フラッシュを天井に光らせながらバシバシ撮っていた。負けた。

一時間くらいはそうしてちまちま遊んでいただろうか、ようやく(父の)お気に入りのボールプールに連れて行くことに成功。アヤをボールに埋めてみたり、両手をひっぱったりして遊んだ。首まで埋まったアヤは「お風呂ー」とか言ってたゆたっておりました。もっとうごけー。

機嫌も戻ったので、再びトランポリンへ。今度はだっこのままなのでまぁまぁ楽しかった模様。こちらは転ばないように少々気をつかったが。それからエアマットのトラックをランニング。素材はゴム(?)で高さ1m位のエアマット、長さは15mくらいだろうか、走って飛んで遊ぶ。そこを手をつないで二人で走った。人形で遊ぶのではなく、こういうので遊ばないと、こういうところに来たかいがないというもの。

二時間遊んで満足し、外に出る。出た直後にまだ遊ぶーと叫んだが、ときすでに遅し、もう出てる。気を引く目的と腹ごしらえのためハンバーガー屋へ。店に着くまでずーっと「ポテート」と言っていた、そしてキドキドのことはもう忘れていた。

すでに5時過ぎ、しかし久しぶりに外出したアヤはまだ帰りたくないという。なので、ラゾーナのあかちゃん本舗を冷やかしにいく。途中、ラゾーナのイルミネーションで記念撮影。新しいレンズは暗くてもけっこうちゃんと撮れていたです。

あかちゃん本舗の遊べるおもちゃ群はなかなかリニューアルされない。なので、行くたんびにどこかしらちょっとづつ壊れている。しかしそれでも子供は群がって遊んでいる。あまりの子供密度にうんざりしたアヤと店内散策。クリスマスツリーを見つけたアヤはプチ興奮、しかし今日は電車だから買えないというと、たのしそーにそしてブリブリに「今度、ツリー買いにこようね」と。実際には後日ニトリで買いましたが。再びおもちゃコーナに戻ると少し人が減っている。アヤは小学生低学年くらいのおねえちゃんの横に陣取り、遊んでいる。見ているとときどきそのおねえちゃんとコミュニケーションをとっているようであった。めずらしい。

そしてなかなか帰らないアヤであったが、肩車でようやく懐柔。電車に乗ることができました。車内では席にちんまりと座り、目の前の席のおじいさんと目が会う度に照れていた。

そんな感じの川崎デートでした。

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2008.11.11

EF50mm F/1.8 II

iPodも買ったが、KissX2用の短焦点レンズも購入。約一万円。

明るいのと、ボケがとてもいい感じ。わがままを言えば、もう少し広角だったらもっとうれしい。とはいえ、撮りまくりです。

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iPod

仕事で恵比寿に出張。昼休みに渋谷のBICカメラに行ってiPodを買ってしまった。nanoなのです。

家のPCではiTuneにちょこっとだけCDを入れて使っていたが、購入以来せっせとCDを取り込み中。

車の中でも聴けるように、FM トランスミッタも合わせて購入。そもそも車内で子供の歌を聴くのに、CDを持ち込むのが面倒というのが購入の動機だったのだ。いや、子供はただのだしか?

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2008.11.04

山本周五郎: 寝ぼけ署長

ぼーっとしているが、実は裏ではとってもきれる警察署長の話。

暇だからぼーっとしているのではなく、この人が署長だから事件が少なく、暇にしていられたという話。以前、モーニングにこんな感じの話が連載されていたなー、と思い出した。

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2008.10.15

塩野七生: ローマ人の物語 11/12/13「ユリウス・カエサル ルビコン以降」

軍勢を引き連れてルビコンを渡ったカエサル。元老院派vs改革派、もといポンペイウスvsカエサルの戦いの幕開けである。

ポンペイウスは若いころから大活躍。しかし早くからの活躍が裏目にでたのか、50才台のこのころ、あまりやるきが感じられない。むしろまわりに担がれて反カエサルにされただけ。しかし戦術的にはやはりカエサルに対抗できるのはこの人だけだったようだ。そのポンペイウスをやっつけて、内乱は終わる。

カエサルvsポンペイウス。実に見ごたえのある戦いである。

しかし、カエサルは暗殺される。敵も許すと寛容という政策が裏目に出た。そして再び戦いなのだが、アウグストゥスvsアントニウスという構図なのだが、いかにも前半のカエサル、ポンペイウスに比べて駒が小さい。特にアントニウス。

カエサルの話を一通り読んで、もっとも不思議なのはなぜ後継者にアウグストゥスを選んだか、未だ10台後半の青年の才能をどのように感じたのか。そしてそれに応えたアウグストゥス。いやはやカエサル恐るべしである。

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2008.09.17

塩野七生: ローマ人の物語8/9/10 「ユリウス・カエサル ルビコン以前」

カエサルという人はおかしな人である。

多くの英雄が若くして頭角を現すのに、このとびきりの英雄が活躍するのは40才を超えてからである。それまではわりと普通(?)の政治家。ただ女性にもてるのと、借金がとにかくでかいことで有名であったようだ。

40を超えて、頭角を現し、ガリアを攻め治める。

あぁ、もっと書きたいことがあるきがする、しかし忘れてしまった。

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2008.08.13

塩野七生: ローマ人の物語6/7「勝者の混迷」

# すでに了読から数ヶ月。忘れてしまった。

ハンニバルからカエサルの間。たしかマリウスとかスッラとかが登場し、ローマ人同士で戦う時代。この辺から元老院による寡頭制は破綻していた。

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2008.07.23

塩野七生: ローマ人の物語3/4/5「ハンニバル戦記」

カルタゴの武将ハンニバル vs ローマ人カルタゴ・アフリカヌスの戦い。

カルタゴはスペインから軍勢を連れてアルプス越え、イタリアへ侵入し、イタリア国内を席巻。ローマは自国内での戦いにもかかわらずスキピオの登場まで負け続け。それでも何とか最後にはハンニバルをアフリカに追い出し、かの地でスキピオが直接対決により破り、ハンニバル戦記は終わる。そして大国カルタゴの滅亡。

ハンニバル、スキピオどっちもかっこいい。

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2008.06.19

塩野七生: ローマ人の物語1/2「ローマは一日にしてならず」

ローマ帝国(帝国だっけ?)の物語を読み始め。著者は塩野七生という人、よく知らない。が、前書きなんかを見るに学者と小説家の中間。ヨーロッパ版の司馬遼太郎というところかな。

最初の二巻は古代ローマ。紀元8世紀頃にローマが興って、紀元3世紀頃のイタリア統一まで。なんでも最初のローマはギリシアからの流れ者三千人くらいが起こしたそうだ。そのころのイタリアの中心勢力はエトルリア人とギリシア人。そんななか取るに足らない小国として一歩を踏み出す。

それが大きくなったのは、ローマの他者を協力者にという姿勢。戦争でやっつけても吸収するのではなく、共存をする。そうやって版図を広げた。そこに影響を与えたのはローマが多神教だったということ。一神教では征服国の宗教を認めることが出来ず共存出来ないが、多神教なので征服国の神様を一列に加えることに抵抗がなく、問題なく共存できる。

それから面白いと思ったのが、初期の王政の頃の王様。選挙で選ばれて終身。死んだら息子じゃなくって、また新たに選挙で王様を選ぶ。これって王様なの?

それから印象に残ったイベント(?)が紀元390年のケルト(ガリア)人襲来。すでに頭角を現していたローマであったが、うっかりケルト人に一年くらいローマを占領されちゃった。なんでも占領したケルト人はローマ人が整備していた水道の使い方なんかが分からずに、暮らしにくいということで出て行っちゃたらしいが。どんだけワイルドな人たちなんですか、、、

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